校正

編集業界で働いている、私です。
インタビュー記事を掲載することもあります。
その記事の中で、インタビュイー(つまりインタビューを受けた人)の発話を
編集し、順番を入れ替えたりもしています。
ただし、自分の倫理基準を踏まえつつ、
相手の話したことを“変造”しない範囲で、
分かりやすくするため、という思いから、です。


その際に、必須な(と私が思っている)のが、
そうして編集したものを「相手に校正・確認してもらう」ということ。
話し言葉なので、文脈が飛ぶ部分だってある。
文字化すると肯定しているように思える発言、たとえば
眉間にしわを寄せて「○○〜、ってね。」と
否定的な引用の中で語る部分もある。
そこを、いかに話者の意図を汲みながら文字化するか、に
心血をそそいでいるつもりです。


翻訳においては、なおさら、です。
相手の発話をいかに別の言語(日本語)に置き換えた上で
発話者が「そう!そう言いたかったんだよ!!」と
思える内容にまとめていくか、ということ。


そこの「置き換え」をワイルドカードとして悪用した「あるある大事典」のことは
やっぱり、許せない私、です。


それに、納豆もレタスも、大好きなだけに
怒り心頭、だったりして(笑)。


まぁ、「おもいっきりテレビ」でのココアとかも
同列に並んで批判される日も来るのかもしれませんね。
科学を使った騙しは、あちこちに、あります。
でも、それは「科学」が悪いんじゃない。
科学という看板を偽装したスタッフ側を責めるべき、なのです。


これだけは言っておきたい。
それは、「テレビというメディア自体がダメダメなもの、なのではない」ということ。
「器」が悪いわけじゃない。
器に何を盛るか。そこで、盛った人によって、
そのディッシュの善し悪しが決まるわけです。
そう思うjackaliなのでした。