#0005 鈴木慎一郎『レゲエ・トレイン -ディアスポラの響き-』

中央本線のある駅にて


今日は仕事で長野に。
で、その往復の電車の中で読んでいたのが、
この本です。

レゲエ・トレイン―ディアスポラの響き
『レゲエ・トレイン -ディアスポラの響き-』
鈴木慎一郎著 青土社刊(2000/7刊)


私自身、ボブ・マーリーは大好きだけど、という程度で
別に熱心なレゲエ好きではなく、
でもなんとなくジャマイカという国と、
レゲエという音楽とに関心があって。
その辺りをうまく書いた本がないかなぁ、と
思っていたときにAmazon.co.jp
購入したのがこの本でした。


で、この本。正直言って、
「ちょっとしたガイドを…」という向きには
あまりオススメしません。
というのは、この著者、かなり真剣に、
「文化論」というスタンスで、
ジャマイカにおいてレゲエやラスタファリが意味しているものや、
また、レゲエがアピールしてきたものについて
語っているんです。
なので、取り上げるのはレゲエやメントといった
ジャマイカの音楽だけに限らず、
ジャマイカでメジャーなスポーツ「クリケット」のゲームにおける
人種的位置づけの変遷なども
視野に入れたものとなっています。


本文中では、
レゲエの歌詞に盛り込まれた、
「ここジャマイカは最高だ、ふるさとだ!」というメッセージと、
「こんなところ(バビロン)を脱出して、
 母なる国(ザイオン)に向けていざ出航!」
というメッセージとのギャップについて取り上げたり
(後者は、アフリカ/エチオピアへ”戻る”ことをモチーフにした、
 ラスタファリの根本思想ですね)、
キリスト教的思想「現世で耐えれば来世で救われる」を
植民地当地に都合のいい考え方として、
それを排して「今ここで救われたいんだ」とする
考え方について論じたり。
また、従来ジャマイカの神話の中で中心的キャラクターだった
「アナシン」(蜘蛛)が、知恵で相手を出し抜いて窮地を逃れるのに対し、
より積極的に野性的なパワーで勝利を収める「ライオン」が
ラスタにおいて重要なシンボルとなる理由を探る、など、
読み込んでみるとなかなか興味深い内容ばかり、です。


70年代をラスタの精神的な黄金期、
80年代以降を堕落したスラックネス(エロトーク、ですな)の時代と
する考え方に対して、
スラックネス的歌詞の代表格とされる女性DJレイディ・ソウを
取り上げながら、スラックネスは
身体を自分たちのものとして取り戻すという意味さえ持っている、
(上流階級の”お行儀良い”思想へのアンチが含まれている)
という視点を提示するなど、
私にとって「そういう考え方もあったか!」と
認識を新たにさせられる部分も多々ありました。
といっても、私の場合、
もともとの認識がほとんどゼロに近いので、
「認識を新たに…」というのは正確ではないかも(笑)。


故郷から遠く離れた土地へ、好む・好まざるに係わらず
移動し、離散していくことを意味する「ディアスポラ」。
そのディアスポラの民としてのジャマイカのアフリカ系住民達が
抱えている、様々な事柄の多様な面が、
この本によって少しだけ見えてきた気がします。