#0003 チャンドラー・バール『匂いの帝王』

これが香料サンプル!


匂いの帝王
『匂いの帝王』チャンドラー・バール著/早川書房刊(2003/12)


この本はスゴイ!!
と、この数ヶ月、ひとに薦めまくってます。


もともと、嗅覚や聴覚、視覚などに
関心が強かった私ですが、
嗅覚を取り上げたこの本には、グイグイと引き込まれました。


主人公は、ルカ・トゥリンという科学者。
香水が好きでコレクターでもあった彼が、
次第に香水の世界へと深く深く踏み込んでいき、
いまだ精確には解明されていない
「匂いを感じるメカニズム」について
新たな理論を立ち上げるまでを描いた
ノンフィクションです。
(科学には詳しくないので、
 トゥリンが提唱した理論がどれほど正しそうなのかは
 この本を読んだだけでは公平にジャッジできませんが…)


香水評論の文章をまとめた本を刊行したことで
香水の業界へと入り込んでいった科学者ルカ・トゥリンが、
匂いメカニズムの定説(仮説でしかないのですが)であった
「形状説」*1に対して「振動説」*2
困難を乗り越えながら確立しようと奮闘する様子を
ドキュメントしたこの本。
「分子」なんて聞いただけで
ちょっと拒否反応が出がちな文系の私でも、
楽しく読めました!!
理系の話は絶対イヤ!という人でも、
理論を記した部分は大部分飛ばしてしまっても
楽しめる内容になってます。


それは、やっぱりルカ・トゥリンの魅力が
読み手を惹きつけるから。
「致死性」と言われる”金属カルボニル”も
自分の研究の検証のためならば嗅ぎ、
(「あれやこれやをちょっとぐらい嗅いだからって死にやしないさ」)
旅に出ては古くさい香水屋の棚に、稀少な天然香料を見つけて
狂喜する。
そしてまた、彼が書いた香水評論の文章の
見事なこと!!
この本のカバーに記された、彼のボキャブラリーを
ちょっと挙げるだけでもその独自性に驚いてしまいました。
「グレープフルーツと熱い馬」「汗まみれのマンゴー」
「真っ黒なゴムの花」「スクランブルエッグにガソリン」。
なんだか、リアルに匂い/臭いがイメージできませんか?
…でも、これだけ書き抜くと、ちょっとキワモノっぽいですね…。
なので、一つだけ具体的な香水を描写した文を引用します。

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【シャマード(ゲラン)】
青葉に何とも言えない香りが
まじったトップノートが奇跡を起こし、それが数時間、
さらには数日間持続する。最初の霧が散ると、たちまち
見事なフォルムが、滑らかで継ぎ目のない一体構造が姿
を現す。力強く純白な香調は、パウダリーで造形的で、
複雑さを失うことなく強まっていき、最後には完全に揮
発する。…」(本書P165)

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(ちなみにこの「シャマード」は、
フランソワーズ・サガンの小説『熱い恋』の
ヒロインをイメージして調香されたもののようです)


この本に取り付かれたために、
実は私、(通信講座ではありますが)
調香の勉強を始めました。現在進行形です。
通信講座、といっても
ただ文字だけで勉強するのではなく
(そりゃムリですよね…)
香りのサンプルが毎回送られてきて、
それを使った「嗅ぎ分け」や「描写」の
練習をする、というもの。


これは「フレグランス・コーディネーター」に
なるための講座という設定になっており、
最初はそこまでやらなくても…と思ったのですが。
ウェブで探してみても、なかなかサンプルの香料を
一般人が購入するのは難しそうだったので、
(実際にサンプルを嗅ぎ分けてみたかったんです)
この講座を受け始めました。

この講座も、おもしろいですよ〜!
青葉や草っぽさを感じさせる香り(いわゆるグリーンノート)で
天然香料のガバルナムと合成香料のシス-3-ヘキセノールを
最初に嗅ぎ分けたときは、「こ、これだ〜〜〜!」と
ちょっと感動しました。

*1:匂いの元となるものの分子の形状で匂いは判断される、という学説

*2:匂いは対象物の分子の振動によって判断される、という学説